神戸・ポートアイランドにある小児がん治療専門施設「チャイルド・ケモ・ハウス」(神戸市・中央区)で、小児がんを経験した子どもや支援者の家族を対象とした夏のお楽しみ合宿のプログラムの一つ「模擬フライト」が開催された。当日は44人のANAスタッフと約20人の子どもや家族が参加した。同施設の萩原雅美事務局長(39)、ANA CSR推進チームの石橋順子さん(35)、参加した子どもに、イベントの感想や開催への思いを聞いた。
チャイルド・ケモ・ハウスは全国初の家族も滞在できる小児がん治療施設で、2013年中にオープン予定だ。運営開始に向けてスタッフが実践的なトレーニングを行い、小児がんを経験した子どもや支援者の家族に夏休みを少しでも楽しめる機会を提供したいという思いがイベント開催のきっかけだ。8月22日から8月24日に行われた夏のお楽しみ合宿の一環として開催され、1歳から12歳くらいの子ども14人と保護者9人が参加した。
患者が治療を続けていくなかで、いかに生活の質を向上できるかが大切だ。同施設は患者とその家族のQOL(Quality of Lifeの意。注釈1)向上を目指し、設立された。患者の生活スペースと治療を行う場所を分離して完全個室とすることで、治療施設でありながら家と同じような生活を送ることができる。
通常の病院で入院生活を送ると、保護者と一緒に過ごすことはできても、面会時間など決められていたり、兄弟も学校に通わなくてはいけなかったりと兄弟と会える時間が少ない。また、大部屋での入院だと友達とはいえほかの患者に遠慮した生活を送る必要がある。同施設では治療を行いながら長期間、保護者や兄弟と一緒に生活ができる。萩原さんは「今までスタッフのトレーニングを3回行ってきましたが、次のステップとして実践的な夏のお楽しみ実習を行いました」と話す。
イベント当日はANAの航空機の機長やキャビンアテンダント(以下CAと表記)、整備士など44人がボランティアで参加し、フライトの映像を壁に映し出して機内空間が演出された。ANA職員の拍手の中、参加者はバルーンで飾り付けされた手作りの搭乗口に一人ずつ搭乗券をかざし、シートベルト付きのシートに座った。
そして「15時定刻、ANA3725便、神戸発沖縄行きまもなく離陸いたします」という実際と同様のアナウンスのもとイベントが始まった。離陸するまでは、機長や整備士などによる飛行機に関する説明やクイズなどが実施された。その中には「飛行機の燃料はどこに入っていると思う?」といった、まさにプロだからこそできる質問も出題された。
参加した子どもは航空業界での仕事の話に興味津々だった。実際に機長としてサングラスをかけて操縦かんをにぎったり、CAとしてエプロンをかけ、アナウンスやドリンクバーの提供を行ったりした。働く子どもたちは真剣な表情でプロのCAからアドバイスをもらいながら、「飲み物はいかがですか」と声をかけて一人ずつ丁寧にドリンクを配っていた。最初は緊張や遠慮しているような子どもたちも、イベントが進むと心の底から楽しんでいるように、うれしそうだった。
子ども機長として搭乗した山本行達(ゆうたつ)君(7)は、「本物の飛行機で旅行したことは今まで4回あったけれど、今回が一番楽しい旅行だった」と笑顔で答えてくれた。「一番良かったことは飛行機を運転できたこと。操縦は難しかったけど、本物の機長さんが優しく教えてくれた。空を飛ぶことがかっこいいから、将来はパイロットになりたい」と生き生きと話してくれた。
ANAが「模擬フライト」を行うのは今回で5回目。ボランティアスタッフを社内で募集したところ、多くの申込みが集まり、参加した44人以外で断った人もいたそうだ。普段の業務では子どもと話す時間がなかなか取れないが、「模擬フライト」を通してじっくりとコミュニケーションをとることで、笑顔の子どもたちと触れ合え、元気をもらったスタッフも多いようだ。「普段の業務ではお客さんを点と点で結んでいるが、その地域の人にも何かをしたい。子どもに元気になってもらい、夢をもって世の中に出て行ってほしい」と石橋さんは話す。
小児がんの新規発症者は1年間で2000人から3000人いると言われていて、決して少なくはない。萩原さんは「そういった子どもや家族ができるだけ一緒に普通の生活を送れるようにしていきたいです。たとえ病気と闘っていても、楽しみがあれば子どもも笑顔になり、前向きになれると思います」と話した。
注釈1:生活の質。楽しく豊かな人生を送ることを示す。特に医療分野では、患者の生活を向上させることで、患者の人間性や主体性を取り戻そうという考え方。
- 「坂本設計技術開発研究所」坂本喜晴代表に聞く(2014.06.02)
- 【学生記者が行く】NPO法人「Co.to.hana」西川亮代表に聞く(2014.05.09)
- 「シンクスバンク」 谷口升太社長に聞く(2014.04.30)
- 大人は立ち入り禁止、小学生がつくるまち(2014.04.24)
- 神戸で10年続くチャリティー音楽祭、主催者に聞く震災への思い(2014.04.24)
- ANA、小児がん施設で模擬フライト(2014.04.24)
- 兵庫県の魅力を世界へ発信~安藤忠雄建築~(2013.04.27)
- 「東洋製鉄」の音頭良紀専務に聞く(2013.01.30)