「関西の人々の口にも合うように、豆はふんわりと柔らかめ。タレはダシを2倍きかせて関西仕立てにしています」そう語るのは、納豆メーカーの小金屋(こがねや)食品(大阪府大東市)代表取締役、吉田恵美子さん(49)。創業者である父のこだわりを守りつつ、時代のニーズや顧客の声を取り入れ、オリジナルの納豆を作っている。従業員は女性ばかり5人。粘り強い開発の末に生まれた看板商品が、昔ながらの製法でつくる「なにわら納豆」。しっかりとした豆の風味が楽しめる一品だ。社長就任の経緯や今後のビジョンを聞いた。
――創業は何年ですか。
吉田:1962年です。大阪の納豆工場ででっち奉公していた父が独立し、会社を立ち上げました。父は山形出身でしたが『商売の本場、大阪で挑戦してみたい』との思いから大阪に来たそうです。
創業当初、会社は大阪府門真市にありましたが、1972年に工場が火事になり、現在会社が位置する大阪府大東市に工場を再建しました。父はお客様第一に商売をしていました。阪神大震災の際、物流がすべてストップしましたが『納豆を楽しみにしているお客様に納豆を届けたい』その一心で自ら車を走らせ、神戸まで納品したこともありました。
――二代目を継いだ きっかけは。
吉田:当初は全く後を継ぐつもりはありませんでした。考えが変わったのは、父にがんが見つかってから。結局父は亡くなりましたが、続けるか手放すかを決断する際、父の思いや苦労が詰まった会社をここで終わらせたくないと思いました。
私には2人の妹がいますが、当時専務として会社に携わっていたこともあり、現実的に継ぐことができるのは私だけでした。経営のノウハウは全くありませんでしたが『畳みたくない、だったらやるしかない』との思いで、2007年に代表取締役に就任しました。
当時は会社の経営が厳しく、人件費削減のために 、現場で率先して製造作業に関わりました。そんな時『社長にしかできない仕事をしないと絶対に会社は成長しない』と先輩の経営者に言われたのを機に現場を離れ、経営者の自分にしかできない仕事を考え、取り組み始めました。
――どんなことに取り組んだのですか。
吉田:会社外部との関わりを積極的に持つようにしました。作り手の考えばかりを押し付けた商品作りを避けるために、社長として客観的な立場で会社を見る必要があると考えたからです。具体的には、同業種だけでなく他業種の人々が集まるセミナーや、市場ニーズを学ぶ勉強会に参加しています。また直売会では自ら売り場に立ち、お客様の声に耳を傾けています。自分たちが作りたいものだけでなく、周囲の声を取り入れた商品開発を心がけています。
――「なにわら納豆」が生まれた経緯は。
吉田:『なにわら納豆』は、私が会社を引き継いでから開発し、今では自社の看板商品になりました。藁に自生する天然の納豆菌を用い、父の時代 の製法で作られています。
構想から発売までに2年程かかり、10種類以上ある商品のなかでも一番苦労しました。父から藁を使った製法を受け継いでいなかったため、最初は豆に糸を引かせることすらできませんでした。
製造担当の従業員と知識を持ち寄りながらなんとか豆を納豆にすることに成功しましたが、菌検査で陽性が出てしまい、市場に出せませんでした。 失敗しては立ち戻り、少しずつ前進することでようやく 商品化に成功しました。完成した時はホッとしましたが、その反面『これからどうやって売り出していこうか』という不安もありました。
――販売を始めてからの反応は。
吉田:すぐに大きな反応はありませんでしたが『藁の納豆を作っている会社ですか』との問い合わせが徐々に増え始めました。召し上がったお客様からは『今までに食べたことがない程おいしい』『やっとめぐり合えた味だ』などのご意見を頂けるようになり、今では自社を代表する商品になりました。なにわら納豆発売前と比べて、発売翌年は10%、現在では40%も会社全体の売り上げが増加しました。
――初代と比べて変わったところはありますか。
吉田:父の時代は卸販売のみでしたが 、自社商品を手に取るお客様の顔を見たい、声を聞きたいとの理由から、工場や百貨店等で直売を始めました。さらに『納豆を通して日本の食文化を豊かにいたします』『美味しさの感動を提供し続ける企業を目指します』『働く喜び・誇りを共有し合います』という企業理念も新たに作成しました。
迷った時に立ち戻れる、会社の『芯』が必要だと考えたからです。 試食販売で納豆を食べたお客様が、嬉しそうな顔をしているのを見る度に『納豆を通して、一人でも多くの人々に美味しさの感動を届けることが、私たちの使命だ』 と強く感じています。
――経営者として、今後の抱負を。
吉田:障がい者施設からの依頼がきっかけで、障害のある女性従業員を雇うことになりました。真面目にこつこつと、丁寧に仕事をする彼女の働きぶりに心を動かされ『立場や境遇に関わらず、真面目に仕事をすれば安心して働き続けられる会社にしたい』と思うようになりました。
自社の納豆作りは、男性よりも女性に向いています。お客様の約7割が女性であることから、商品作りにも女性の目線が必要になります。製造の際にも、女性ならではの細やかな気配りが生きてきます。女性や社会進出がなかなか難しい障害者の人々が、自立する術を身につけられる環境作りを目指していきたいと考えています。
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