脈々と受け継がれてきたものづくりの伝統と、職人気質が息づく堺市。その一角に、地域の情報と色鮮やかな紙雑貨で満たされた喫茶空間がある。つーる・ど・堺が運営する「紙カフェ」(堺市堺区)は、紙が好きな人と堺市をつなぐコミュニティスペースだ。姉妹で切り盛りする、同社代表取締役の田中幸恵さん(44)と店長の松永友美さん(41)に、地元への思いを聞いた。
――紙カフェの特徴は?
松永
:「紙でつなぐコミュニティ」をコンセプトに、レターセットや包装紙などの紙雑貨を販売する傍ら、お客さまに堺市の見どころをご案内しています。カフェとしてのメニューの目玉は、刃物の製作に必要な金属「玉鋼(たまはがね)」を使って焙煎した「堺珈琲」。刃物で有名な堺市ならではの手法で、キレのある、和菓子にも合うコーヒーに仕上げました。お抹茶碗で提供し、和菓子もお付けすることにより「刃物のまち堺」「茶のまち堺」「和菓子のまち堺」を演出しています。
田中:つーる・ど・堺の親会社ホウユウ(堺市堺区)は印刷業を手掛けています。そこで当店でも、オリジナルの名刺やポストカードの印刷を受注しています。開店4カ月後には、紙雑貨を通じて市内外の皆さんに堺市の魅力を再発見してほしいという思いから、当店オリジナルブランド「堺カミモノ」を立ち上げました。「印刷屋」同士の横のつながりで、スムーズに商品開発ができました。そのほか、紙と触れ合えるワークショップも開催していて、そこでつくられた豆本や折り紙細工の一部を店内に展示しています。
――紙にはどんな魅力があり、それをどう伝えていますか?
田中
:情報を知るきっかけにしてもらうには、ネットよりもチラシやパンフレットなどの紙媒体の方がいいと考えています。目に留まりやすいうえに、手で触れることで印象に残りやすくなるからです。そのため、見た目が鮮やかで手触りのいい紙に情報を載せるようにしています。例えば、本の表紙などによく用いられる「レザック紙」。ホウユウでの印刷工程で余った分をランチョンマットとして再生して、堺市のマップを掲載しています。
松永:2011年12月から、ホウユウのガレージを利用した「ペーパーフリーマーケット」を半年に1回開催しています。ツイッターで呼び掛けただけで80人近くの方に参加していただいたこともあり、お客さまが紙雑貨を楽しそうに手に取っているのを見て、紙が好きな人は思った以上に多いのだと知りました。
――開店に至った背景や経緯は?
田中
:ホウユウの田中範子代表は私たちの母で、印刷業を間近に見る環境のなか、紙は私たちにとってとても身近なツールでした。1995年からつーる・ど・堺は地域に密着したサイトの運営を始め、面白いスポットを紹介する記事やコラムを掲載しています。
松永:私も執筆ライターのひとりだったのですが、徐々に紙媒体で発信したいという思いが強くなりました。2012年2月、コミュニティスペースとしてこの場所を任せたいという声があり、私たちが描いていた紙カフェの構想ともマッチしたため開業を決意。急ピッチで準備を進め、同年5月にオープンにこぎつけました。
――堺市はどんな街ですか?
田中
:仁徳天皇陵古墳をはじめ、千利休の屋敷跡や与謝野晶子の生家跡などの歴史的な名所がある街です。伝統産業は刃物のほかに、陶芸や緑茶、染物など数多く、なかには椅子専門の修理屋という珍しい商売もあります。
松永:経済成長の波にあおられて縮小した分野がある一方で、刃物などの分野では若い担い手が増えています。そうした今も続く伝統に加え、おしゃれなカフェや雑貨屋、レストラン、バーなどの新たな見どころも発信して「堺市の観光案内所」としての役割も果たしていきたいです。
――これまでの活動の反響は?
松永
:手づくりジーンズにこだわる市内のアパレルショップを取材し、記事を発信したところ大きな話題になりました。当店のフェイスブックページへのアクセス数は従来の倍ほどになり、先方には多くのテレビ局から出演依頼が来たそうです。
田中:東京在住のシンガーソングライターのライブを当店で開催するなど、堺市出身のアーティストたちとの交流の機会が、メディアを通じて日増しに多くなっています。「堺市を盛り上げるためなら、いつでも歌うし、なんでもやる」とまで言ってくれている音楽団体もあります。
――今後の目標や展望は?
田中
:実は遠方よりむしろ地元の方に、堺市のブランドが浸透していません。優れた工芸品や歴史的な場所などが、あまりにも身近な環境のなかにあるからだと思います。地元の面白さを再認識してもらって住民同士の一体感を高め、もっともっと情報を全国に発信していきたいです。
松永:職人や店主同士の仲が非常にいいことも、堺市の特色のひとつです。特に若い人ほど、利害にこだわるよりお互いに高め合い、自分の商売や技術をよりよくしていこうという精神にあふれています。そこに大きな将来性を感じています。
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