コーヨー(大阪府東大阪市)は、カドミレス黄銅製配管継手とバルブの製造販売を専業とする会社だ。1953年に金属部品加工業として創業し、63年から黄銅製配管継手の製造販売に着手した。小回りの利く会社として約2000種類の製品を1個から販売している。22歳で社長に就任してから19年となる柳山稔氏に自社の魅力やこれまでの経緯について話を聞いた。
「つなぐ・つたえる」会社にしたい
――自社の強みは
「多種多様な製品を1個から販売し、お客さまのもとへ迅速に届けることだ。一般的に製品は流通を通してお客さまに渡るが、当社は注文を受けた当日に製品を発送できるように在庫管理を完備し、スムーズな加工体制を構築した。結果、お客さまから卸売業者に自社指名の注文が入るようになった。機器だけでなく、人も『つなぐ・つたえる』といった自社の理念を伝えることにも注力している。例えば、広告の写真を単に継手を並べたものから、継手を人の手で包み込むものへと変更した。コーヨーの製品を得る満足も提供したい」
――継手の魅力とは
「お客さまの夢の一部になることだ。ひとつの機械にとって継手は脇役だが、なくてはならないもの。ドイツの有名自動車メーカーの生産ライン設備に自社の製品が組み込まれているのを見たときは誇らしかった。他にも、生産現場にそっと組み込まれ、こちらが思いもよらない使われ方をしているときもあった。ラーメン工場から大学の研究室まで1万を超えるお客さまによって、自社の継手がどこでどう使われるのか毎回楽しみだ」
――社長就任の経緯は
「93年に父から会社を譲り受けた。小学生の頃から工場の手伝いはしていたものの経営などは全く分からず、就任してから簿記の勉強をはじめた。業界の集まりや経営者の会では経験や知識のなさを逆手にとった。就任当時は、大企業の社長がどれほど偉いのかも知らなかったから緊張せずに話せた。分からないことがあれば、若かったからこそ素直に聞けたし、会社を守らなければという思いから、そのたびに質問し恥をかいた」
――これまでで一番つらかったことは
「社長になって3年目に父親が亡くなったときだ。それまで父親に会社の経営に関して一丁前に反論していたが、いかに自分が甘えていたかを痛感した。経験も浅いのに会社を背負っていかなければならない自分を笑うことしかできなかった。社員を守るためにも、嘆くのではなくどうしたら良いかを考え、目の前のことをがむしゃらにやった。その後も原材料の値上げなどで何度も倒産が頭をよぎったが、なんとか乗り切ってこられた」
――今後の展望を
「近年、得意先の工場は海外に拠点を移している。海外の需要を知り流通ルートを確保しながら、不良品のない安定した品質の製品を届けたい。部品業界で生き残るため、ここが踏ん張りどころだ。若い時から自分を支えてくれたお客さまや地元・東大阪市に恩返ししたい。『この分野で困っているのなら、あそこの会社に相談してみれば』と提案できるように多種多様なお客さま同士をつなぎたいと思う。そして、今度は自分が後世を担う社長たちにいろいろと伝えていきたい」
※「フジサンケイ ビジネスアイ」2013.5.13(西日本版)掲載
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