2014.04.25 20:51

動物病院の培養キッドで再生医療を動物にも

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記者:穴吹美緒

「再生医療」をご存じだろうか。患者の細胞を増殖させ、目的にあった細胞に培養した後、再び本人に移植する新しい医療のことだ。「再生医療を誰もが当たり前に受けられるようにしたい」と獣医学の分野で実用化を進めるのは、「J-ARM(ジェイアーム)」 (大阪市阿倍野区)岡田邦彦社長(42)だ。動物病院への培養キットの販売を通し、再生医療ができる仕組みづくりを進めている。まだまだ未知のことが多いだけに可能性も障壁も大きい分野だ。奮闘する岡田さんに、これまでの道のりや自身の使命について聞いた。


--再生医療とはどんなものですか。

岡田

:人間の細胞は増殖しながら、筋肉や骨などそれぞれの器官の役割を身に付けていきます。この前段階の「幹」となる細胞を「幹細胞」と言い、再生医療ではこの細胞を使います。患者から採った幹細胞を培養し、再生させたい箇所に移植させます。

患者本人の細胞を使うので、拒絶反応が少なく副作用の可能性も低いのが特徴です。例えば、大やけどをした患者に新しい皮膚を移植したり、角膜が傷付いて視力障害に陥った患者に培養した角膜を移植できたりします。

--どうすれば再生医療を受けられるのですか。

岡田

:保険診療と自由診療の2つのやり方があります。保険診療とは実際の医療費の2~3割の負担で受けられる治療です。ただし細かい規定があり、薬の基準を満たさなければ保険が適用できません。現在日本で薬として認可を受けているのは、軟骨と表皮の2品です。

軟骨は主に膝を負傷したアスリートや高齢者に使われ、約100万円かかります。表皮は1枚約40万円で、10枚まで保険を適用できますが、全身やけどの場合20 、30枚は必要になるので高額になってしまいます。

--なぜそんなに高くなってしまうのでしょうか。

岡田

:軟骨と表皮が再生医療の商品が薬と認可されるまでに、何十億というお金と膨大な時間がかかっているからです。臨床段階では患者の細胞からオーダーメイドで商品を作るため、毎回成分や細胞の増え方、効果も違ってきます。一律に一定の効果がでないので、なかなか薬として評価がしにくいのです。

--再生医療が必要な人はどうすればいいのですか。

岡田

:認可された薬以外の方法では、自由診療があります。自由診療とは美容整形外科やがん免疫クリニックなどで行われる保険の利かない医療のことで、医者が患者にとって良いと思うことは基本的になんでもすることができます。

しかし、2013年11月に厚生労働省の認可がないと治療が行えないといった自由診療を規制する法案が通ってしまいました。今年11月に施行されますが、どういったやり方で治療法を審議するのかは決まっていません。再生医療をよく思っていない人が審査機関に入れば、これまでより治療が難しくなるかもしれません。

--なぜ再生医療の実用化を進めるようと思ったのですか。

岡田

:私は農学部の博士出身で、医師の免許は持っていません。2000年から6年間、名古屋大学の医学部で教官として働きながら、再生医療の研究をしていました。当時でも再生医療は受けられましたが、1回数百万円の高額医療になっていました。

再生医療に惚れ込むと同時に、誰にでも受けられる医療にしたいと思ったのがきっかけです。同じ研究室の先輩たちが長い年月をかけ、軟骨と表皮を薬として認可するのに成功しており、彼らが国と真っ向から勝負をするなら、僕は自由診療で再生医療を広めようと思いました。

そこでまず、動物病院を選び、獣医で唯一再生医療を取り入れていた岸上義弘先生(57)に声を掛け、先生の協力のもと2006年にJ-ARMを立ち上げました。

--J-ARMを立ち上げてからの最大の壁は。

岡田

:欧米やヒトの免疫療法の会社の例にならい、各動物病院で採った犬や猫の細胞を、培養して送り返していたのですが、ある時、僕たちの取り組みが新聞に載り、それを見た保健所の方から『農水省と相談の結果、あなたの事業は薬事法に抵触するので営業停止して下さい』と通告を受けました。

自由診療では、自院で主治医が作ったものなら使えますが、僕たちは動物病院ではないし、たとえ動物病院を作ったとしても、今の法律では不可能であるとの見解で引っかかってしまったのです。これにより事業がストップしてしまいました。

--それをどう乗り越えたのですか。

岡田

:大学時代に有償臨床研究を行っていたのを思い出しました。自院で主治医が培養することで、薬事法の壁を乗り越えられるのではと考えました。しかし、病院の先生に製剤化をお願いしないといけないため、細胞の培養・販売から病院内での培養指導やプロトコール化に重点を移しました。

獣医さんに自社で1日トレーニングをし、血液と脂肪を使って操作の基本を覚えてもらいます。自社が開発した誰でも培養できるキットを使って、各病院で培養を行ってもらい、分からないところはその都度、電話で対応します。

現在再生医療のトレーニングを受けた病院は、約190軒です。農水省に事業を止められたときは、本当に追い詰められ、途方にくれました。しかし、今振り返ってみると、前の事業形態を続けていても、培養室や多くの人手がいるのでここまで広く展開できなかったと思います。失敗することは決してマイナスではないのです。

--逆にうれしかったことは。

岡田

:仲間が増えていったことですね。岸上先生と熱く意気投合し、だんだんと再生医療の獣医さんが増えていきました。47都道府県にそれぞれ1軒が目標で、沖縄に進出した時は「遂に沖縄か!」と感慨深かったです。

また僕たちが新しい情報を発信することで再生医療の治療が進みます。昔は再生医療と言えば、がんの免疫治療が中心でしたが、研究が進んだことで治療分野が広がり、脊髄損傷で足が動かなかった犬が、立ち上がるようになったケースもあります。勢いよく地面を走る姿を見て、飼い主も泣いて喜んでくれました。

--これからのビジョンは。

岡田

:自分の目標は、再生医療をレントゲンくらい当たり前にすることです。昔は動物病院にレントゲンはなかったのですが、今はほとんど設置されています。またこれからは新しい情報を伝えていくことが重要になります。再生医療の分野は、日進月歩です。

各医院から「この症例は上手くいった・いかなかった」といったデータを集め、噛み砕いて伝えていく。集めた情報は僕たちだけで占有すべきではありません。

日本獣医再生医療学会で、年に1回総会を開き、岸上先生をはじめトップランナーの先生とともに発表を行っています。獣医の分野で頑張ることが、人間の分野も後押しします。将来的には人間の再生医療にも挑戦したいです。今後も不安もあるし、責任も重いですが、必要とされている会社はつぶれません。ほんとうの利益はお金ではありません。日本で一番『ありがとう』を集められる会社になりたいです。

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記者プロフィール

穴吹美緒

穴吹美緒

役職 : -
在学中 : 大阪大学文学部(3回生)
出身地 : -
誕生日 : 1992年10月14日
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